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涸れた倦み

  • 人間をつくりたいひと - 1月1日からThe Grapes of Wrathを翻訳し始めました。ドイツ系アメリカ人Jhon Steinbeckの作品です。邦題は「怒りの葡萄」です。私は邦題を付けていません。ヘンリィ・フォンダで映画化されていますが、字幕はありません。文庫本で上中下と3冊になる長さです。昨日はセンテンス二つ、今日は長いセ...
    3 日前

涸れた倦み

2025年2月1日土曜日

米がない、野菜が高い理由

 今日久しぶりにログインしてみたら警告が消えています。良かった。書こうと思うことが今一つだけあります。お昼とか夕方とかならまだいいのですが、夜も朝も何時ということもなくおにぎりを作ったり、お弁当を作ったりお料理教室をやってみたり、TVだけならいいのですが、いえ良くはない。NETにはTVの中以上にお料理が溢れています。私達や貴方やあの人この人が食べるためのそれもお昼用とか朝用とか夜用になるのならいいのですが、見せたり、評価を得たりするためだけの料理で溢れています。雑誌。新聞と料理なら人が考えたものを取り放題といった感じで掲載しています。三食にはしない食事を作らず、写真を載せず無駄を出さないで。

お米がもうなくなりかけているというニュースを見ました。理由を今考えました。私はほんの少しですが麦を入れて食べています。今年に入ってから始めました。コメの値上がり、野菜の高騰、卵の三百円越え、全て、アベノミクスに起因する、或いはケネディという女米国大使の推奨し始めた新しい資本主義、これは岸田元首相が調子に乗ってその幼稚さに輪をかけたことも食糧難の要因になっています。料理は誰でも作れて誰でもオリジナリティを発揮できます。しかし皆が揃って食事用ではない食事を作ったらどうなります?

私は年金暮らし、米作りは大変だから多少の値上がりは仕方ないと思います。しかしよくよく考えてみると、おせち料理を夏前から宣伝し始め、その写真撮りを一体何社がするでしょう?誰かはそれを試食するでしょうが、実際には作る必要のないものです。BSの局がどんどん増えています。販売商品を一日中見ても欲しいものはありません。私は今年からNET経由で物は買わないことにしました。持っていないカードに関するおかしなメールが大量に来ること、商品がすでに開けられたものであり、購入した量や、数に大きく満たない商品が届くこと。買おうとしているものがそこから消えるとかなどが理由です。もともとカードを持たない主義ですからほっとしています。

バーチャルな空間では、現実がものを言います。ですからきれいな色のお料理は作り方だけではなく、実物を見せなきゃとなりますが、この生き辛い息の詰まるような実際はどこにも賞賛のない世界経済の在り様が私達を駆り立てます。しかしきっと誰もが一斉に目覚めるでしょう。普通に買いたい。お金がそんな立派なものでなくてもきちんと手の中にあって商品と引き換えに差し出せたらと願うでしょう。銀行があって銀行の窓口で或いはキャッシュコーナーでお金の出し入れをしたいと願うでしょう。そこには客の金塊に手を出す行員も、客の通帳を書き換える行員も、客の通帳やカードで引き出す行員もいないことを願います。