五輪真弓 - 熱いさよなら
言葉は私のまっすぐな骨組み
まっすぐな骨と肉の組み合わせ
言葉は手の平に
私の曲がる指の骨に
開いては定めの細い線を辿る
言葉は私の曲がる背骨に
うつむいては萎(しお)れ
胸を張っては夢みる
言葉は私(わたくし)という地形の果てしない地図
言葉は白く青く限りない空
言葉は天に届く山
言葉は定めの海
貴方と漂い
溺れたい海
言葉は揺れてひとり沈む海
それぞれの人と人の内側と外側の様
それぞれが授かった刻(とき)
私(わたくし)に割り当てられる役割と台詞
言葉は輪の形をした紐
言葉は降る光
言葉は降り止まない雨
強く握り締める私(わたくし)の手の平
言葉は割れて砕けるガラス
言葉は欠けた器
天体に群生する記号
言葉は熟れた果実
狭い道に示された裂開
往き来を自由にする内なる門の開放
戯れに口に色を塗る
青味かかった文身(ぶんしん)
身を咬む孤独
言葉はぽつんと立っている
なんの役にも立たない
わたしはその側にぽつんと立っている
なんの役にも立たない
鳥が鳴く
虫が鳴く
あたしには鼻があったから
あたしには口があったから
息をした
あたしはため息をついた
あたしはタメイキヲツイタ
あたしは泣いただろうか?
あたしは笑っただろうか?
言葉がなかった
ため息は声になる
ため息は声
ため息は言葉であった
ため息は言葉となった
人は泣き
人は声を上げて泣いた
人は言葉を持っていた
人は文字を持っていた
人は身の内に言葉を宿し
人の身の内に文字を刻んだ
人は甘え
人は恨みを抱いてため息をつく
貴方を失いたくない
夕方
陽は具わらないものの手がかりを教える
絶え絶えの二つの定点
貴方と私
ほぼ球形のこの地球に
言葉 貴方と私を結ぶ楕円の軌跡
街に明かりがともる
反転しては色を添え色を失う
言葉 ふくらみ過ぎてよそよそしい
ふつりと途切れ逃げられない
言葉は愛するために
愛されるために
生きるために
貴方と私が離れないように
貴方と私を繋ぐために
言葉には広がりがある
海の広さがある
水の切り口がある
しあわせの航路
ふしあわせの航路
傾く船に乗り込み定めの港へ向かう
言葉は海を往く船
言葉は空を飛ぶ鳥
何処かへ
何処かへ
貴方と私の分かれは言葉が尽きたから
後悔はなにひとつ為し得なかったから
砂の上私(わたくし)は崩れる
海は丸い地球の水の漏れない容器
どのようなものの内側でも潮が寄せては引き心騒ぐ
人の肉にも陽は沈み月は満ちて欠ける
いのちに終わりがあり恋に始まりがある
貴方は口を開き話し始める
私達は果てしない言葉の旅人
希望と絶望を詰めたトランクを提(さ)げ
確信と沈黙の叫び声を開けそして閉める
未だ聞かない言葉を貴方のくちびるに求め
未だ知らない文字を貴方のゆびに触れて探す
言葉は空の中ほどにあって人に背を向ける
言葉は海原の歪みに潜んで埋め合わせを拒む
夏を忘るる勿れ
秋を忘るる勿れ
冬を忘るる勿れ
春を忘るる勿れ
五本の指を折って実を数える
思い悩む時時
かき集める言葉のありふれた形と姿
若い肌は玩具のようで
何も知らない顔をして
たとえ何を言っても何を聞いても忘れてしまう
春は粘り付く花
一面の泥濘(ぬかるみ)
囁きも煩わしい
春の雨は縦に降る
斜めに痛む
風は何かしら疑い
何もかも打ち消す
若いくちびるはなめらかで
誓いに背き血を流す
道は言葉にあり 言葉が道を綴る
作り声 作り事 寓居(ぐうきょ)に住む
貴方と離れないように
貴方が何処にも行かないように
手と手 足と足を縒(より合わせ
有りもしない憬(あこが)れを体に馴染ませる
償いに庭の片隅
烈しい赤い色
言葉は人を焼き 庭を焼く追憶の火口(ほくち)
秋に色を差し やがて人の皮膚を刺す
言葉は落葉(らくよう)
何処にでも落ちている
私は落陽
何処までも堕ちていい
欲望が具わり罪を背に負う雪月花
私(わたくし)一人姿が違う
私(わたくし)一人見る景色が違う
私(わたくし)一人魂の渇きに執着する
私(わたくし)物語りを乗せ文字の列車が走る
扇情の車輪と法則のしなやかなレール
どうということもないほがらかな言葉の野に分け入る
此の野の全てはけなげな言葉で出来ている
固く約束しても抱き締めても抱き締められても
胸と胸に隔たりがある
弛(ゆる)みがある
空(す)いて貴方に届かない
風が往き
炎が揺れ
ほんのわずかの言葉に心は揺れる
言葉は此処を離れようとする
愛しい人と今日を棄ててしまう
人を愛する時
壁に罅(ひび)がほしい
眼差しを読み取らない窓の曇りを拭いたい
くちびるに裂け目がほしい
閉じた口に涙がほしい
失われることを懼れずくちびるに咲き
千切れて散る言葉
迎え入れる命の契約
いろはにほへと
あいうえお
いろは匂えど散りぬるを
文字は乱れ文字が崩れ
この上なく私(わたくし)だった言葉
死屍累々
声はやがて静まる
文字はやがて消える
無形の手がかりを文字と呼ぶ
赤い靴 仏蘭西人形
青い空に並べて
青い海に沈めて
白い綿 母の乳房(ちぶさ)
やわらかなものに救いを求めて
打ち解けた指先を引き裂いて
文字はひとりでに巧みな絵を描く
躊躇わずに記号を越える
貴方に凭(もた)れ
貴方を誦(そら)んじる
私もそらで覚えてほしい
代わりに耳に聞こえるのが
拙い体一つのソロであっても
愛は暗闇 連なる線
列を成し そうしなければならないように韻を踏む
遠くを近くを手先で探り曖昧を重ねる
重さと軽さの面持ちを占う
憎しみは青い夕靄(もや)
視程を狭め存在を限る
言葉は饒舌と寡黙の寄せる水際
傾斜する白い砂
時は有り
時は無く
人は在り
人は無く
情けは熱く
波に捩(よじ)れ砂に縺(もつ)れる
人は定められているかのように
言葉は定められているかのように
得るもの失うもの
それぞれを離れ
或いは
それぞれに傾く
けれど こころは赴くままに
19:42 2011/11/02水曜日
23:36 2011/10/21金曜日
18:51 2011/10/22土曜日
19:46 2011/10/23日曜日
17:32 2011/10/24月曜日
17:50 2011/10/25火曜日
19:32 2011/10/26水曜日
18:10 2011/10/27木曜日
19:10 2011/10/28金曜日
19:14 2011/10/29土曜日
18:48 2011/10/30日曜日
18:41 2011/10/31月曜日
20:42 2011/11/01火曜日
やっと書き終えました。
次も長い詩を考えています。
いつか短編のようなそんな詩が書きたいと思っています。
私は毎日声に出して読みます。
貴方も声に出して読んでみて下さい。
きっと貴方は貴方の声が好きになります。
「どんな声も、人の声は美しい」と私は思っています。
明日はもう一度全体を見直して、発表します。
明後日から新しい詩を書き始めます。
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